Photogenic

 

9月のフォトジェニック

No 7 成城店 photo by 南
2009-10-10 12:10:24 VIEW:15516

9月のフォトジェニック画像

小さな穴から被写体を見ているカメラマンはいつでも緊張しています。
もちろん笑った顔をただ見過ごしてしまうわけではないですが、笑っているのがすべてではありません。
被写体を見て感じる多くの感情を撮影のメカニズムを通してみていく過程が、そんなに簡単でもなく、それほど難しいわけでもないように思います。

ただ一人を長い間見つめてみたことがありますか?
写真を勉強する学生に対し、一つの課題を与えてその課題を一定期間撮影してみるという宿題が出されます。
学生が自分の母親を撮影しますが、特にこれといってポイントもなく、すぐに飽きてしまいました。彼の先生はもう少し耐えてみるように助言をし、その学生はもう少し頑張って数ヶ月、自分の母親とカメラを通して会話をしました。
最初は母親のしわがみえ、掃除洗濯の苦労が見えてきましたが、一人の女性として見えてきたといいます。
母親、妻、妹、姉の名前で女性としての感覚が進化していくフォトグラファーは、少しずつ成長をしているということになるでしょう。

一人の人を長い間見つめるということは、そんなに簡単ではありません。私たちの目と頭の中に刻み込まれている観念世界から、そのフィルターを取り除くことが簡単ではないのです。そして正確な、外的バランスを見つけた瞬間、シャッターをきることになります。特に、子供の写真はより、その子供をゆっくりと見つめる時間の余裕がないのです。瞬間瞬間、その子供が持っている美しさが引き出されたと思ったら、迷わず撮影に入ります。瞬間の美しさはありますが、何か深みのなさを感じます。

決定的な瞬間として有名なフランスのあるカメラマンは、「決定的な瞬間とはレンズが見つめる先は常に動いているが、それを越えた形態と表情の調和が成された絶頂の瞬間」だと定義づけています。写真を続けていると、その決定的瞬間という話をよくしますが、振り返ってみえるとその瞬間でなければこの世に記録されることはなかった、その何か・・・程度に理解している不足さに対し、反省させられるのです。
彼の表現から超越と調和という単語がもつ意味をもう一度考えてみます。
フォトグラファーは時々、経験します。自分の周辺が真空状態になりながらカメラを意識しなくなる状態・・・映画の世界のようにフォトグラファーを脇役にすることなく、一緒にその空間にいるという共感を与えてくれます。私たちの周りにあるその何かの影響を受けることなく、カメラの前においてある状況と一致している状態の話です。なぜかそういうときは瞳孔が大きくなり、口からはよだれがでたりもします・・・・
しかし、シャッターをひたすら押してはみても、フィルムの入っていない寂しさがあります。結局、調和していないという結論がついてきます。だから、フォトグラファーは超越と調和のためにひたすら見て、感じて、作り出していく努力と時間が必要です。
9月のフォトジェニックに選ばれた決定的瞬間を思い浮かべるのに、無理があると感じますか?

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