
一日一日、時は確実に過ぎ特に子供の成長というものは著しい。生まれてすぐは自分では何も出来ない。自分の体を自由に動かすことも出来ず、ただ泣くこと、おっぱいを飲むこと、寝ることの繰り返しだ。それが半年過ぎると自分の腕を使って動こうとしたり、物を見て感じたり笑ったり、泣いたり…生まれて間もないころよりも確実に出来ることが増えていくのが子供の成長。子供は本当に素直で自由だとよく言われる。でもこれは大人との自由の意味とは明らかに違うが、成長における中での子供の自由という考え方もとっても大切なものだと思う。
子供はこうやって目に見える形ですぐに成長というものを感じるが、大きくなってからの成長というものを考えてみる。大人にも時というものは同じように流れている。日々が成長の瞬間でもあるのは変わらない。それをどう見せていくかが子供との違いではないだろうか。大人の成長とは特に内面を磨いていくことだ。もちろん外的に何かが出来るようになったというのも成長ではあるが、内的に人の気持ちがわかるとか、もっと考え方が深くなっていくというのが大人の成長ではないかと思う。たとえば、自由という単語の捕らえ方にしても明らかに自分が10代の頃とは考え方が違っている。当たり前といわれればそれまでかもしれないが、自由になるのも不自由と考えるのも自分であって束縛も自由の一部になりうることもある。束縛が悪いということではなく、必要なときもあるということ。それを捕らえようとする考え方に成長と関係があるのではないかと思う。
この写真を見ながら、ふっとした瞬間にこの子が顔を下げた瞬間であった。いつも精一杯動いているのも必要なことで、こうやって一瞬休むことも必要なこと。小さな子供は自由なんて考えない。しかし無意識のうちに感じてそれを表に出している。そんな自由な姿の一部でもあると思った。