
横浜店にスタート時からあるこの茶色い花のついた白いコサージュドレス。
ヒラヒラとしたこのドレスを写真で残そうとすると、僕は割合的にこの部屋を使用することが多いのです。ブロック塀のような無機質なコンクリート素材の壁に、紙素材の大きさの違う白い花々…。カジュアルな洋服のときよりもこうしたフォーマルな洋服のときの方が僕の感覚ではしっくりとくるものがあります。男の子でも全然似合う背景なのですが、女の子の撮影のときの方がその3倍魅力を増す。ここはそんな世界だと思います。
自分が横浜店に来て最初にこの部屋のこの壁を見たとき、どこかのお城の壁のようにも見えたのを記憶しています。空高く伸びるお姫様の住むお城。僕はお姫様をイメージします。最初にイメージしたのは気まぐれなお姫様。そのお姫様はそこで教育係として在中している爺やをいつも困らせるのです。ダメだと念を押されているのに、夜中にこっそり城を抜け出して街に繰り出す。だけど、いつも元気にふるまっているお姫様も本当はお姫様故の寂しさを抱えている。もっと動きやすい服がいい。パーティなんてウンザリ。私もみんなと同じように身分を気にせず過ごしたい。着飾ったこんな世界から抜け出したい。別に嫌な訳じゃない。でもちょっと疲れちゃった。そんなお姫様を僕はイメージしました。
この日、撮影に来てくれた彼女はとても礼儀正しいお子様で、とても感じよく振る舞うお子様でした。人生の3代美徳のうちの一つ「礼儀」。そして人生の3代美徳のうちの一つ「感じよく振る舞う」。
彼女にはもっと違うお姫様をイメージする必要がありました。ここでも僕が彼女を呼べば、彼女はきっと感じよく、またその微笑みを僕にくれたことでしょう。だけど僕は、かつて、子どもたちに何度も何度も読み聞かせたおとぎ話のお姫様を思い出し、更にイメージを膨らませました。次に浮かんだのは、毎日毎日掃除ばかり。継母にいじめられている日の光を浴びないお姫様でした。せっかくのかわいいドレスも着る機会すらないし、パーティにも行けない。王子様はいつか迎えに来てくれるのかしら…。そんな夢を見るお姫様をひたすらにイメージしたのです。
子どもたちの中で、たいていお姫様は可愛くて楽しくて幸せなイメージです。パパやママもそんな素敵なお姫様を我が子にイメージしスタジオでドレスを選ぶのだと思います。だけど僕は反対に、そうではないお姫様もイメージするのです。なぜならば、悩みや不安や孤独を抱えるお姫様のイメージも結構好きだったりするからです。今回、ドレスでの撮影が決まった時にこの部屋に誘導したのも、そういうイメージを自分が投影できる場所だと直感的に感じたからだと思います。
ただ、背景というものは変わらないから、同じ場所に被写体を立たせて、自分が同じ場所で写真を撮れば、被写体が変わっても似たような写真はいくらでも撮れるし、同じような美しさは表現できるかもしれません。でも結局それは、どこかの写真館の撮影方法となんら変わりません。結果として、どんなにイメージしていても同じような雰囲気になってしまう場合もあるのですが、撮影者がどのような意図を持って被写体を見極め、どう撮るかでその写真の意味合いは大きく変わると僕は信じています。だから考えます。そのときの自分に与えられた時間の中で、可能な限り、精一杯。
ただ正直に言って、物理的に部屋の奥行きなどは変わらないので、こんな風に撮ってみたいと感じたイメージを断念したり変更したりする場合もあります。ありますが、今の自分が今の自分にできることで可能とされる限りのことを試みてみます。
この日は、普段インテリアの一つとして飾ってあるオブジェをいつもの位置から動かして自分と被写体の前に置いてみました。いつもはただの飾り。そこに置いてあるもの。そんなリーフを象ったオブジェを用意したのは、僕が彼女に対面して感じ、考えたイメージを表現するためです。このオブジェを用意したことで彼女の今いる世界に黒い色が加わりました。白く光るドレスをまとっているのに、彼女を囲むようにいくつもの影が現れたことで、夢見るお姫様に少しの不安や寂しさが加わりました。