
長男7才、次男6才、三男3才、四男3ヶ月。
男だらけの四人兄弟。
去年は三人だったのに、今年は四人。
「また男でした~」とママは困ったように笑って話してくれました。
.
男だらけの兄弟たちは、長男を筆頭に男盛りでした。次男と三男は基本的に長男の後を付いていきます。仲がいいんだな、と思いました。でも兄弟が揃うと落ち着きが全くない。そして基本的に声のトーンはテレビの音量でいう20以上。会話はたいてい大声で執り行われていました。
ママの言うことなんてだいたいは聞いてない感じがしましたし、一度言われて素直に「はい」なんて答えることは見た限り一回もありませんでした。
.
大変だろうなぁと想像してしまいました。
男の子4人が家の中にいて、笑ったり仲良く遊んだりするのと同じくらい、ケンカをしたり、言い争いもするのでしょう。
だけど、楽しいだろうなぁとも思ってしまうのです。
男の子なんて元気であれと望んでいる僕にとって、彼らの賑やかなお祭り騒ぎは結構大歓迎でした。
.
「オレ、お兄ちゃんのこと覚えてる!前にも会ったよね。外のブランコで、最後いっしょに遊んだんだよね」と、一番上のお兄ちゃんが僕の顔を見て言ってくれた瞬間、僕の中でまた何か新しい気持ちが芽生えました。
嬉しいとか、恥ずかしいとか、そういう気持ちを超えた何かを、僕は彼に与えてもらいました。
.
去年汗だくになって遊んだことを、僕だけではなく彼も覚えていてくれたのです。その想いを今日また倍にして返したいなと、僕はそんなことを思い撮影に臨みました。
.
兄弟写真を撮るにあたって、そんな長男には四男を抱っこして座るという重大な任務を任せました。
そうこうしている間にも次男と三男はおふざけを始めました。次男が三男の口を突然ムギューッとしたのです。ムギューッとされた三男は「あひゃー」とか「うぎゃー」という声を上げ小さく抵抗しました。
面白そうなことには何でも首を突っ込みたくなるタイプの長男は、四男を放り投げて遊びに加わるかなと少し心配しましたが、最後まで上手に四男を抱っこし続けてくれました。さすが兄。頼りになるお兄ちゃんです。
.
この写真をパッと見ると次男と三男、左2人のからみにすごく目がいくのですが、一番小さい弟を左腕一本で抱っこしながらも、「おいあっち向くんだぜ」と諭すようなお兄ちゃんらしい彼の右手、そして、事情を全く知らず一人クマの帽子をかぶって抱かれるままの四男のこの表情、その余りにも違いすぎる4人の対比が面白い一枚になったように思います。
.
普通の記念写真なら、きちんと顔が見えていた方がいいかもしれません。4人の笑顔が必要かもしれません。でもこの場面でその動きを止めて、こちらを向かせることだけに集中することが大切なのでしょうか?光に集中することが必要でしょうか?構図に執着することが必要でしょうか?
僕の中で、そんなことはどうでもいいと感じた瞬間でした。必要なのは気持ちだけ。この場面ではそれだけでよかったのです。
.
今、僕がどうこう言わなくても、写真を見れば賑やかで元気のいい兄弟だなということは伝わると思います。でも単純に、僕が伝えたいのはそれだけです。お渡しした他の74cutが例え失くなったとしても、この写真一枚さえ残っていればそれでいいという覚悟で、今回僕はこの写真をUPしました。
.
自然に、とか、この子らしく、とか、最近よく言われるのですが、正直言ってその意味がよくわかりません。それらの言葉の意味を最近すごく考えるのですが、人が人を見て、「この子はこういう子」と安易に判断することで見逃してしまうことも多々あると思うからです。だから僕はその言葉の壁だけに縛られたくはないのです。
.
こういうとき、僕は本能で動くんだなと思います。何をどう考えて撮ったというわけではなく、心のままに、感じるままに撮った一枚です。想像と違う彼らの動きの中で、露出を合せている暇もピントが合っているかもわからなかったのですが、長男を軸にして僕は写真を撮りました。四男を抱っこしたおかげで、彼からようやくお兄ちゃんとしての風格を感じることができたからです。
でも、きっと弟を抱っこしていなかったら、長男もじっとはせずに走り回ってんだろうなぁと思います。
.
予期せぬ出来事や行動を人は「ハプニング」としますが、こういうハプニングは、時として、人を愉快な気持ちにさせてくれるのですね。