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「息子に触れそうな写真」~想像の範囲を超える~

2020/2/4

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Tokorozawa photo

 

Photo volvo

Codi   Kudo

 

 

5年前に彼とは出会っていて、よーく覚えています。

 

何の気なしにあなたをみていれば、ただその場にいるだけで絵になる姿。

その姿にカメラを向ける事で幾らでも素敵な写真になる事。

だからこそ慎重にならなければいけず、一歩間違えば全て貴方任せになってしまう恐れもある。そんな力を持っていた。五年前から。

 

あなたのその目。

あなたの目は、色んな輝きを持っている。

写真という物質に自分がどのように写っているかを想像しながらする目。

ただそこにある何かに興味を惹かれ、写真の事を忘れたような目。

そして、そのどちらでもない、あなたそのものの目。

 

あなたの写真は、我々が何を正解とするかによって結果が変わってくる。

あなたの作り上げる雰囲気をそのまま撮影しても、きっと結果として出来上がる写真に遜色はないだろう。

 

ただし、それは想像の範囲内の出来事だ。

親御さんの想像を超えた写真は現れないだろう。

それでも充分であると誰か1人でも思えば、年に一度作られる原本CDは想像の範囲内のものとなる。

 

我々が作る写真が記念写真なのか芸術写真なのかという議論は終わりを見ないが、記念写真でしか無くなってしまう1つの原因がそこにあり、写真が想像の範囲内であるから受け取る側は記念写真の概念から抜け出すことができない。

 

記念写真の概念から抜け出す方法はいくつかある。例えば衣装で言えばカジュアル服で撮るというのも1つの手である。

衣装は被写体の本質を導き出す1つのツールであり、重要だ。彼はどう見てもカッコいい。何を着てもサマになる可能性は高い。

だからこそ慎重に、彼に本当に会うものは何なのかを見ていく必要がある。

コーディネーターで入ってくれた工藤さんはそれが本当に上手い。トレンドや季節感を取り入れて、その人に似合う色、形、着せ方をチョイスしてくれる。

 

親御さんも舌を巻く。

私も8年いるが、服のチョイスは指折りだ。

 

しかしそれだけでは何か足りない。被写体の本質が足りない。結局衣装というツールを用いて何を写すかはカメラマンによるのだ。

 

私は、彼の核心は「目」だと思っている。

 

こちらから何も言わなくても自ら作り出してくれる目。その裏にある作られていない目を引き出すのが我々の仕事であり、記念写真の概念から抜け出す真の方法であると思っている。

 

親御さんは、私の撮影した写真を見て「息子に触れそうな写真」と表現してくれた。

もちろん物理的な距離の近さもあるだろうけれども、彼が撮影されるのが上手いからこそ探し出さなければならない、動画では見逃してしまう一瞬の彼。その目。

 

それは笑った瞬間でもないし、素な瞬間でもない。ただファインダーを覗く私の目が「今だ」と思った瞬間。

 

説明ができるようでできないけれど、親御さんには伝わっていると、勝手に思っています。

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