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nuance of her

投稿日:2021/4/26

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Tokorozawa Photo
Photographer: Satsuki Kudo
Coordinator: Hanyuko

 

ポートレートの本質は、「目の前の人を美しく写すこと」です。

私たちは、ライフスタジオという写真館で働いています。私たちが撮っている写真は商業写真と呼ばれる類のものです。いわゆる芸術写真と異なる点は、私たちが撮っている商業写真の一般的な基本は、実用性と用途のために撮られているという点だと思います。
実用性と用途とは、「何のため」という写真を撮る目的と意味が先立つものです。それらは「道具」にカテゴライズされるものになります。「記念写真」は実用性と用途は明確なものなので、「道具」というものになりますね。
反対に「芸術」とは、ただそこに在ることに真理があると言われています。意味や目的とは別に、作成者の意図のみが表現された形式に価値を付けられていくのが芸術であると言われています。それを「作品」と呼ばれます。写真作家さんが撮る写真というのは「芸術」なのかもしれませんね。

さて、そもそも「写真」というものはどちらに位置するべきなのか、それはとても曖昧です。写真という特性上、現実に在る被写体を写すことになるので、撮影者の完全な意図のみを表現することは難しいものです。かと言って、(ポートレートにおいては)機械のように現実のみをそのまま切り取るというのも違うと思います。そこには必ず撮影者の視点が介入します。私個人は現状、写真というものはどっちつかずでどちらでもあるという曖昧な状態が心地よいのかもしれないという結論に落ち着いていますが…。

なぜそれが心地よいのか。それは、私がポートレートを撮る撮影者だからかもしれません。
私は日々見つめる被写体は「人」であり、その「人」に出会わずして明確なイメージを組み立てることはできませんが、同時にその人に会う前から写真を撮る準備をしている状態ではあります。私は日々「人」を主題に撮っているので、目の前のその「人」に出会うことによって、その「人」をどのように撮影しようかを考えます。どのように、というのは咄嗟に出るものではありませんので、日々美しいものを知っていくために知識を仕入れたりや認識を深めたりする努力をしています。その両面があって、ポートレート写真というものは成り立つのではないか、と思います。まだまだ勉強する必要がありますが…。

先にも述べたように、ポートレートの本質は「被写体を美しく写すこと」です。
そのためには、撮影者自身が被写体に向かう必要があります。向かうというのは、その人を知っていく過程のことです。実際に会ったときに姿を見て、コミュニケーションをとりながら、その人の特徴を知っていき、撮影者自身の視点で美しさを知っていくことがその人に向かうことだと思っています。どんなリズムで、どんな話題で、どんな表情で、どのように笑うのか。どんな空気感で、どんな距離感でいることが心地よいのか、など、同じ空間にいながらコミュニケーションを取りながら観察をしていき、写真のイメージを組み立てていきます。
そして、次にスタジオの中を観察します。ライフスタジオは蛍光灯で撮影することもありますが、主に自然光で撮影することが多いと思います。自然光は人工光と違い、動かすことができません。なので、その時間に特徴的な光とその人の雰囲気・衣装などに合う場所などの様々な条件のを考慮して、場所を決定し更に具体的にイメージを組み立てていきます。

この撮影でご一緒したご家族は、4年前にも出会ったことのあるご家族でした。4年前は快活なイメージがあった彼女ですが、今は品のある優しい話し方が印象的でした。気恥ずかしいのか言葉数は少なかったのですが、着物で撮影する準備が整うにつれ、大人っぽくなっていく姿に少し嬉しそうな表情も見られました。控えめな印象はありましたが、撮影には積極的で可愛いあどけない笑顔も見せてくれ、こちらとのコミュニケーションも楽しんでくれているようでした。
話しているとまだ小学生らしい表情を見せてくれましたが、ふとしたときにどこか物憂げに見える表情をすることがあり、その時は「あぁ成長しているんだな…」と私も少ししみじみとしてしまうこともありました。今回の撮影はハーフ成人式。ちょうど半分子どもで、半分大人の年齢。だとすれば、いつもの彼女の笑顔と、未来を想像できるようなどこか大人っぽい写真を撮ってあげたいな、と思いました。
印象的なのは物憂げな表情をした時の横顔でした。その横顔を際立たせるには、陰影が必要だと思いました。絵画のような陰影で彼女自身を美しく際立たせたいと思いました。撮影場所は和室ですが、ドライフラワーを持ってもらって西洋風な花の壁紙の前で洋風なテイストを加えることによって、絵画的なテイストを出したいという意図もありました。夕陽がきれいな時間帯。彼女に半逆光で光が当たるようにして、光で陰影を付けて、グラデーションを描けるように。彼女の横顔の魅力がベストの位置で伝わるように。
そんなことを考えながら、声をかけながら、撮影をしていました。
ただ、ただ、控えめな彼女の魅力を引き出せるように。私が見た彼女の美しさを、写真という形式の中で表現ができるように。

ライフスタジオの写真は、写真館であるという前提のもとでは「道具」なのかもしれません。しかし、ライフスタジオの写真の撮り方には基本的な技術以外にはマニュアルがありません。それは、撮影者の視点に全てを委ねられているということであり、そういった面では「作品」的な要素を持っていると言えます。私自身は、どちらもバランスよく必要だと思います。写真館である以上、求められる写真を撮る必要はありますし、想像を超えるには撮影者自身の技術と視点を活かす必要があります。
私はライフスタジオの撮影者として、常に理想を求めながら撮影をしていきたいと願っています。理想とは、私たち撮影者の提案する写真とライフスタジオへ来てくださる人たちが求めてくれる写真が一致する以上に、その一期一会の撮影の中で共に良さを引き出しあえる空間を作っていくことです。そのためには、私たち撮影者が人としてどう在りたいかということや、撮影の空間をどうしていきたいかということも必要不可欠ですし、ライフスタジオの価値は何なのか、そこで生まれる写真の価値は何なのか、ということを常に追求していくことが重要なのかなと思います。
「道具」のままではなく、この空間にいた人たちと一緒に撮影と写真をその時にしか生まれない「作品」となりますように。
その時間が在ってよかった。その時間を思い起こさせる、そしてそこにいる人が存在する写真が良かったと思ってもらえますように。

少なくとも、この撮影の、この写真は、「彼女だけの輪郭」が出せたのではないかと思います。
撮影をご一緒させていただいたご家族、一緒に撮影を作ったはにゅこ、そして彼女。この撮影を一緒に楽しんで、笑って、感動してくれたこと、本当に有難く思います。

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