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「待つ事」

2020/6/22

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根拠を作ると言う事 Ⅴ

 

「待つ事」

写真を撮ることは「待つ事」の連続です。

「撮る」という動詞は辞書に載ってる意味以外に撮影者の視点から見たとき「待つ事」という観念的な意味を含んでいます。

ライフスタジオでは写真を「作る」という表現をより多く使用しています。一枚の写真をバックアップフォルダに入れるまで長いプロセスがありその過程の中に実体がある物もありますし実体がまだない物もあります。実体してる物は客観的に正解であるものであり、実体のない物は主観的な観点からみて正解ではない事です。客観的に正解であることは写真を撮影する環境と75カットの商品があります。インテリアは撮影環境で内部の組織のメンバーが参加できる窓口です。なので完璧ではありませんが親近感が湧きます。構造がシンプルな理由は撮影条件やお客様の対応条件を満たしているインテリアであるからです。 75カットの商品はライフスタジオのメインメニューです。誰もが選んでも、撮影者のすべての技術が75カットを基準に教育されてるとも言えるぐらい基本であり核心であります。

主観的に正解ではないことにも撮影環境つまりインテリアと75カットの商品が同じく適用されます。ライフのインテリアは内部の私たち(主導する人、参加している人)が作って完璧でもなくなにかのマニュアルが存在しそれを見てそのまま作ってるわけでもないです。多くの経験による技術と五感を動員した創造性、顧客目線から見て不便がないよう考えて制作しています。だから正解という実体は存在しません。75カットの原本もライフの写真の中心なんですが会う被写体によって撮影撮影者によって変わるため、同じカットは存在せず、正解というのも存在しません。ただしインテリアがよくできたとかそうではないというような内部評価は存在し写真も内部の構成員、外部のお顧客からの評価は確認できます。主観性に制限されますが客観的に正解になって行きますように努力していくことがインテリアや写真など私たちが作っているものです。

作って行くものですが「待つ事」が伴うこと、

「写真」です。

 

この一枚の写真は多くの「待つ事」の中でいろんな「タイミング」が良かった一枚です。

ほぼ毎日見ている黒い四角の枠厚手のレースと薄手のレースをボカシとして使用し撮影するインテリアスペースがあります。待ってたのはフレーミングが適切な瞬間でした。フレーミングが適切というのは被写体の大きさ、被写体の顔の角度、視線、表情と光が調節される露出が必要です。そしてそこに組み合わされる衣装や小物の使用で色味を完成します。 「これは良いタイミングだ」と確信しているのは撮影者の主観的意識ですが、撮影者として満足できる写真はごくわずかなのでたまには自分の確信を信じてみるのも大切だと思います。直線と曲線の共存、無彩色と有彩色の共存、ハイライトとシャドウの共存は、写真の構成要素を説明することができる要件になります。散乱した光とその向こうに見える少年の明確な顔が写真として使用価値を言っているようで明快に整理されてる気分です。

「理想と現実が共存する写真」の道に進むのはけして簡単な事でもなく険しく感じます。しかし理想を逃してしまうと現実も薄れてしまいそうであきらめることはできない道です。経験が増えてきて慣れた時の欠点は傲慢になって怠惰になることです。人に会うことで排除するべき事が傲慢と怠惰です。自分がやりたい道を選び頭で認知し胸からそれを離さず歩いていけばたまに道に迷っても戻ってくる道を見つけられると思います。

 

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