PhotogenicKokubunji

自由に撮影できるという権利

2020/2/29

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私が以前働いていた写真スタジオでは、ガッチガチにマニュアルが決まっていました。

撮影のマニュアルはもちろん、接客応対までそれはもうしっかりと。

撮影においては、構図のどの部分に被写体がいて、背景をどこまで入れるか、絞り、シャッタースピード、ISOすべて決まっています。

 

マニュアルがあるのが悪いのか?全くそんなことはありません。

 

全国展開しているその写真スタジオにとって、確固たるマニュアルの存在は均一な質の提供へとつながります。

しかし、マニュアルが順守されればされるほど、すべてが「同じ写真」なのです。

 

私がライフスタジオに入った時、フレキシブルなスタイルにとまどいさえ感じました。

来てくれるご家族への接客応対、商品の説明、コーディネーターとしてのスタイル、撮影のスタイル

すべてにマニュアルがなく(もちろん教えてもらうときの一定の基準はありますが)

「自分で考える」という行為が、当たり前なのにできていなかった自分に驚愕しました。

 

他社競合の写真スタジオを見てみても、ライフスタジオ以上に撮影が自由なところを見たことがありません。

ライフスタジオの撮影は心から自由なのです。

講談師や落語家が、その日の天気や気温、お客さんの層を見て噺のネタを決めるように

私たちライフスタジオのカメラマンも、季節や天気、時間帯、家族の雰囲気を見て撮影を作っていきます。

毎日をアドリブで生きているようです。

 

もちろん、撮影しているカメラマンにもおなじみの場所があります。

ここはインテリアがよく映えて光の入り方が綺麗だから、引き写真では1枚必ずここで撮る。

しかし、毎回の撮影で私たちはオリジナルの75カットを紡ぎだしています。

決して全く同じ物はありません。

 

どんな露出でも、どんな動きでも、どんな表情でも

自由を許されている。

 

しかし、自由は楽なわけではなく

自由であるがゆえに、0からすべてを作り出さないといけない責任があります。

 

この二人がカメラを意識することなく自然にはしゃげる雰囲気づくり

「自然を作り出す」という言葉自体が矛盾を孕んでいるけれど

 

感情が動く瞬間をとらえるために

お互いの自由をぶつけ合うことが

生きている1枚につながっていくのだと思います。

 

kokubunji

photographer:tansho

coordinator:ujo

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