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「1枚の良い写真を撮ることは、75枚を良くすることである」

2019/12/20

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Lifestudio Tokotrozawa

 

photo&write by volvo

 

カメラマンとは、悩む生き物です。

その悩み方が良い方向に向くこともあれば、諦めてしまったり道を狭めたりしてしまうこともあります。

 

道を狭めてしまうというのは、簡単に言えば「これ以上は撮れない」と自己限定をすることにあたります。

例えば、写真教育などでカメラマンたちからきこえてくる悩みにはこのようなものがあります。

 

「良い写真を撮る為にはカメラマンのエゴを通さないといけないから子供に悪い」

「良い写真を撮る為には1枚に力を注がないといけないから原本を作るスタイルと合わない」

「良い写真を撮る為には流れを切って、止めないといけない」

「子供達の自然な姿に合わせて撮るのが理想だから、1枚に集中することは理想的じゃない」

 

つまり原本を作る事とフォトジェニックな1枚を作ることは別の筋肉を使うから同時進行は難しいという見解だと思います。

 

しかし、私の考えは反対です。

「1枚の写真に集中できなくて、どのように75枚を良く残せるのだろうか」と思います。

 

原本75枚というのは、ごく簡単にいうと「組写真」です。

75枚を1つの物語として構成し、その家族だけの小説のように作り上げるもの。

 

一方で1枚のベストを決めるフォトジェニックは、文字通り1枚の質そのもので勝負する。

 

この2つは相反するでしょうか?

どちらかを優先したらどちらかは達成できないでしょうか?

 

私は「物語の無い写真に良い写真はない」と思っています。

 

75枚とは1枚1枚の集まりであると言う事。

つまり、1枚入魂できなければ75枚自体良くするなんてことはできないのです。

 

「そんなこと言っても、1枚にそんなに時間もかけられないし、子供をかためるわけにもいかないし・・・」

 

という意見もあると思います。

 

良い写真を撮るためには、もうこの思考から抜け出さないといけません。

良い写真というのは、時間をかけたからといって撮れるものではありませんし、子供たちが動かなかったからといって撮れるものでも

ありません。

 

重要なのはカメラマン自身が「理想を持ってそれに近づく準備をしているかどうか」です。

 

私は、1枚を撮るためだけではなく、物語を構成できるように光を決定し、被写体が動いても大丈夫なテリトリーを決めます。

それが広ければ広いほど子供達は自由になります。

テリトリーの広さは「光の読めている範囲」で決まります。

 

「もし子供がここに来たらこのくらいの光になるだろう」という予測が可能な範囲の中で被写体を自由に動かします。

今回で言えば西日の強い時間帯でもあったので、テリトリーは広めではありましたが、副主体のひとつである「椅子」

に反射している光がポイントとなり、被写体とその反射した光のかけあいによって写真が生まれていきました。

テリトリーがあると、子供はある程度自由になります。固める必要がなくなります。

そして予測可能な範囲で動いているので、写真の質が下がることがなく、お互いが自由を得て写真に強さが生まれます。

 

この範囲が広がっていけば、それだけで原本の質は上がっていき、一枚の精度も確実に上がっていきます。

「自己限定」をやめ、1人の「表現者」として撮影に臨むことができたなら、新しい発見の毎日が待ってるでしょう。

 

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