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千葉フォレスト店
2026年forest lifeschool【いま、会いにゆきます】映画感想文
投稿日:2026/8/26
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●映画名・感想日
いま、会いにゆきます / 2026年8月26日
●プロット
秋穂たくみは、妻のみおを亡くして子どものゆうじと二人暮らしである。
ある雨の日、亡くなったはずのみおが突然現れるが、これまでの記憶はなかった。2人はまた会えた喜びと、何も覚えていないもどかしさを感じながら、3人はもう一度家族として暮らしをスタートさせる。少しずつ暖かく幸せな家族の形が生まれてきた矢先、みおは雨の季節が終わるまでの限られた時間でしか過ごせないことを知ってしまう。
梅雨明けの日、虚しくもみおは姿を消してしまった。しかし、実は20歳のみおが29歳へタイムスリップしてきたことがわかる。ここで過去と未来が繋がることで三人が再び出会えた理由が明らかとなる。
●主題
この映画をとおして考えさせられたのは、「大切な人との時間の過ごし方」と「思い出の残し方」の二つである。
私が子供のころの感想は「亡くなったお母さんとまた会えた喜びと別れの悲しみ」だった。しかし今回約20年ぶりに見たは「もう一度失う怖さ」を感じていた。子供目線と大人目線に変化があったように感じる。
20歳のみおは死んでしまう未来を知った上で、たくみとの過ごし方、ゆうじの誕生など、映画には描かれていない20~29歳のみおの余白を想像させられ、私自身も今ある人と人との繋がりは大切にすべきだと改めて気づかされた。なので、この映画の本質は有限である時間の過ごし方を視聴者に考えさせるものなのではないかと感じた。
●演出要素
緑や自然、古い建物などが多く全体的にゆっくりとした印象の映画だが、その中に次々と謎が深まったり、展開していったりと、最後まで目が離せなかった。
また、演出として雨が重要な場面で何度も使われていて、雨の音や風景によって、その場面の感情がより強く伝わってきた。その環境音が季節や感情を伝えていることも印象的で、セミやひまわり、突然の雨など「夏」や「梅雨」であることが自然と伝わってくる。
様々な映画をライフスクールでみていると、季節や天候を写すことで映画の世界観を作り、物語を進めるうえで重要な役割があることに気づかされた。何気ない風景カットもただの余白ではなく、季節や感情を伝えるための大切な要素になっていると思った。
●私の反応
3人が再び一緒に過ごせる喜びシーンが続いたあとに転げ落ちるように展開するところが印象深かった。最後の別れのシーンでみおがゆうじに「さよならしなきゃ」と伝える場面では、我が子に伝えるのはどれだけ苦しかっただろうと胸が締め付けられた。しかし、最後の別れの瞬間にみおがそばに居ることを選んだのがゆうじではなく巧だったことが疑問に思った。ゆうじを思うと切なく感じたが、ラストを見るとその理由に納得できた。
それは20歳のみおがタイムスリップしていたからこそ、「母親」だった29歳のみおとは違う優先順位だったのではと考察した。
しかし、ゆうじを大切に思っていたからこそ、最後にひまわり畑での「29歳で死んでしまう事実を知った上での行動」につながる伏線だったのだろうと考える。
●まとめ
この作品で特に印象的だったのは、最後に向かって伏線が一つにつながっていくことである。はじめはひまわり畑で少しひっかかるところも、最後には別の意味を持って見えてくる。きっとこの映画を繰り返し見たら、同じ場面の言葉でも意味が違って見えてくるだろう。
これは写真にも共通すると感じた。一枚の写真も、撮った瞬間だけで終わるのではなく、何年後かに見返すことで新しい発見が生まれることがある。その時は「かわいい写真」だったものが、数年後には「この頃はこの服ばかり着てたな」「床に落ちてるおもちゃが懐かしい!」など主役以外までも思い出せる。写真には「時間が経つことで感情が増える」ことがあるのではないかと思った。
また、映画では夏や梅雨が印象的に描かれていた。写真にも、季節感を取り入れることで、後から見返したときに「この時期に撮ったな」と時間まで思い出せる写真になるのではないかと思う
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