PhotogenicShimonoseki

10年目の笑顔

2020/3/20

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この仕事を辞めたくなったことはないですか?

 

2019年の年末、ライフスタジオ忘年会の時に他店舗の新人さんから質問を受けました。

正直なところを話せば、最初の3年間は辞めたくてしょうがないこともあったと、そう伝えました。

人に近い仕事だからこそ緊張するし、写真として残ってしまうものだからこそのプレッシャーも大きく、そしてなによりも、あの頃はまだ自分の本当の仕事を見いだせていなかったからこそ、ただただ毎日、こどもたちが笑ってくれたかどうかだけで、一喜一憂しては、このプレッシャーに自分は耐えられないと感じていました。

この仕事の本当の意味での核心はなにか、ピントや露出が合っているちゃんとした写真を撮ることなのか、おしゃれな写真が重要なのか、ご家族の希望どおりの写真を撮ることなのか、こどもたちを笑わせることなのか、期待に常に応えることなのか、他の写真館より長けることをすることなのか、1回1回の撮影の中で、何が正解なのか、そもそも自然とは何なのか、どう自分がこの仕事と向き合っていけばいいのか、葛藤しかありませんでした。

ただその葛藤があったからこそ、この場所で自分自身が何を大切にしていけばいいのか出会いの中から見出すことができたようにも思います。

 

2010年

WEDDING写真を撮るために横浜店に来てくださったお客様。

まだ2歳前だったゆうとくんと3人、住宅地の奥の奥にある分かりづらすぎる横浜店への道のりで迷っているところをダッシュしてお迎えに行ったのがはじめての出会いでした。

曲がるべき道を通り過ぎていた3人の背中を追いかけたことを、今でも覚えています。

まだカメラマンとして2年経ってないくらいの頃だったので先輩の撮影のアシスタントとして入ると思っていた撮影でしたが、ベテランの先輩がつく形で、わたしが撮影をさせていただくことになりました。

止まらない汗とわけのわからない緊張の中、大先輩となにがあっても穏やかなご家族に救われた撮影でした。

はじめての撮影からまたもう一度お誕生日に横浜店で撮影をして、湘南店に移動してからもすぐに撮影に来てくれ、妹のかなちゃんがおなかにいる頃も撮影して、当時プロレス大好きだった4歳のゆうとくんと黒木さんがプロレス対決をして盛り上がり、横浜店や湘南店で知らない人はいないファミリーになっていました。

待ちに待った4人家族での撮影。

6ヶ月頃の初めての撮影はよく泣いていて、ごめいくんの撮影練習として来てくれた1歳前の頃も泣いて泣いて泣き尽くしていて、1歳過ぎの撮影の時は警戒心がすごくて、そしてわたしが最後に撮影した2歳の撮影も何をやっても絶対に笑うことなく、そしてまたとにかく泣いていたかなちゃん。

https://www.lifestudio.jp/studio/shimonoseki/staff_blog/kawano/109830

(当時のblog)

 

笑わない、というか、笑えない、というか、笑いたくない、というか、とにかくドキドキしているというか。

だからこそ笑ってほしいという気持ちが彼女の繊細な気持ちを押しつぶさないように、いろいろ試行錯誤しつつも、ただただ見守った時間。

そんな中、妹が2歳前まではどこか嫉妬心なのかなんなのか妹にそこまで近づかなかったお兄ちゃんが、泣いた妹の側にずっといてくれたこと、その姿に成長を感じ、大泣きの妹を抱きかかえようとするあの日の写真を見返すと今でもなぜだか泣けてくるのは、あの日、絶対に大切に残したいと思った瞬間だったからだと思います。

何度も撮影したけれど、兄妹で隣り合って笑っている写真はずっと撮ることができませんでした。家族写真もいつもドキドキなかなちゃんでした。

家族にしか見せない笑顔があることも、家族の前だけの姿があることも、本当はおしゃべりでひょうきんなことも知ってはいるけれど・・・何度会ってもなかなか見ることができませんでした。

それでもいつもすべてを受け入れてくれるお父さんとお母さん。

なにがあっても、笑って、とか、なんで笑わないの、とか、笑ったらかわいいよなど一切言わずに、ただただいつも、これがかなちゃんだねぇ、ゆうとだねぇと、変わらない穏やかさでいてくれました。

 

この日の大泣き2歳の撮影を最後にわたしは下関に来たので、それからは神奈川のメンバーに信頼を置いてこのファミリーの撮影を引き継ぎました。

またいつか撮影する日には、家族にしか見せない笑顔が見れたらいいなぁと思いながら。

 

七五三の着物姿は見てほしいとおっしゃってくれ、念願叶って5年越しの撮影をしました。

お父さんは仕事で来れなかったので家族写真だけは下関で撮る約束をして、神奈川での七五三の撮影。

7歳になったかなちゃんはやっぱりとても繊細で、撮影中もやっぱり一言もしゃべってくれなくて、着物で緊張していたのか、とにかく撮影というものが苦手なのか、注目されるのが嫌なのか、いろいろあると思うけれど、唯一ゆうとくんが横にいる時だけは緊張がほぐれているように見えました。

 

 

そして年が明けて、約束通り家族そろって下関に来てくれました。

すぐに撮影をはじめてもまたドキドキするかもしれないと思い、一緒に市場に行って昼ごはんを食べながら、その時はまたもやしゃべってくれないかなちゃんをそっとしつつ、スタジオへ。

 

スタジオに着いてからすぐにしゃべってくれたかなちゃん。

その姿に逆にお父さんとお母さんもびっくり!もちろんわたしたちもびっくり!!

2020年 

出会ってから10年目の家族の写真は、ただただ一緒にその空間にいるだけで、自然に笑顔が溢れていました。

 

 

写真を撮ることよりも、こどもたちを笑わせることよりも、大切な事がある。

わたしにとって一番大切にしたい仕事は、目の前にいる人の存在自体を限りなく尊重し、こどもたちの感性を守ること。

泣いて泣いて泣き続けた日も。

なにをどうしても笑わなかった日も。

一言もしゃべってくれなかった日も。

体中からドキドキを感じた日も。

 

どんな日の姿も、出会えた日の全部が大切で愛しく思います。

 

その大切な気持ちが、もしかするとこのご家族にも伝わっていたからこそ、ずっと今でも関係が繋がっていられるような気がします。

 

自分が自分として心から自然に笑える美しさ。

全てを受け入れて、待つ、ということ。

 

この笑顔を待っていたら、10年なんてあっという間でした。

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