PhotogenicTokorozawa

Sense of Immersion

投稿日:2021/3/17

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Tokorozawa Photo
Photographer: Natsuko Takagawa
Coordinator: Yoko Moriya
Writter: Satsuki Kudo


3月。
風の温度が変わり、空気の匂いが変わり、春の訪れを感じ始める時期。
不思議なもので人間は、自然に逆らう生活をしていても気候の変化で気分も変わるようです。
春は、草が芽吹き、花が咲き、目に映るものに彩りが入り始める時期。
自分の中で眠っていたものを呼び覚ますような刺激を感じます。
だからなのか、春は何かを始めたくなる季節でもあります。
所沢店は、2月末にテラスを大きく改装しました。実際には来てみていただければ一目瞭然なのですが、今回の改装を一言で表すならば「世界観の統一」です。
所沢店のテラスのイメージは以前から明確なものではあったのですが、隅から隅までそのイメージが徹底されてたかと言えばそうではありませんでした。
なので今回の改装によって、イメージの強化が成されたといちカメラマンとしては思っています。

言うなれば新しい条件が加わったということなのでしょう。
ライフスタジオの撮影者に求められる基本的な技能のひとつに「条件を変化させること」があります。
それは、一緒に撮影に入る同僚・来てくださるご家族・被写体など周囲の人たちとの関係性から始まり、コーディネート・光・被写体の動き・写真の画角・何を加え何を引くかなど、写真を撮るに至るまでの過程から写真を写すための構成要素まで写真に関わる全ての条件をできるだけ適切に整え、状況によって変化させることが求められます。
例えば、被写体は年齢も性格も見た目もすべて違う人が来るため、何が適しているかは違います。だからその都度いろんな条件を変化させる必要があります。
その変化は、天候やコーディネートによっても起こすべきものですし、背景などによっても起こすべきものです。
しかし、普段スタジオで撮影していて一番変化しないものはインテリアです。小物などの小さなもので多少の変化はあると思いますが、インエリアという大きな物理的構成を変化させるには、時間もお金も明確なイメージも必要です。
逆に言えば、インテリアが変われば新しい要素が加わるため、撮影者はより考えながら撮影をしていくことになります。自ら条件を変化させながら撮影をするのです。

今回、インテリア工事をした場所は今まで撮影場所として使用していなかった場所です。
そこを撮影可能な場所として変化させることで、自然光とはいえ今まで使っていなかった光を意識して見るようになります。
背景をどう入れるのかということも一から考えるようになるので、いろんな角度からインテリアを観察するようになります。
そのインテリアの世界観を把握していないとコーディネートもできません。そのため衣装のコンセプトもより明確になりやすいのです。
そして、そこでの小物をどう有効活用するのかもさらに考えるようになります。
とにかく観察して考えて提案して動かしての繰り返しの中で撮影をするので、慣れている撮影では動かしていない頭の領域を使うようになります。
そうなると得てして良い写真が生まれやすくなると私は思います。
普段の撮影でも、観察しながらその被写体に適した撮影を組んでいると思いますが、何年も同じ場所で撮影していると慣れが生じてしまいます。慣れが悪いわけではありませんが、いくら常に条件を変化させながら撮影していっても、インテリアが不動ならば、良くも悪くも慣れていってしまうのです。
常に新鮮な気持ちで撮影に臨むことは、常に意識していなければ難しいことです。
だからたまには外的要因であるインテリア工事をする重要性を感じます。

そのインテリア工事をした直後に生まれたこの写真は、一目見て「良い写真」だと思いました。
「良い写真」にはいくつか条件があります。光や色味、構図、被写体が生き生きとしているかなど、良い写真を撮るために撮影者はさまざまな条件を組み合わせていきますが、その中の一つが「物語性」や「没入感」というものです。
まるで被写体が写真の中の世界の主人公のように、何かその写真の中に連想される物語があるかのように感じること。これが「物語性」や「ストーリー性」だと思います。それによってその写真を見ている人に違和感なく「没入感」を与えるものだと思います。

その「没入感」がこの写真にはあります。
アンティークなレンガ・鉄製のゲートにかかるグリーンと前ぼかしのグリーン、奥にある花の色と、立て札がさりげなく入り、その様子から少し非日常なナチュラルさを演出させています。
お庭にあるブランコは、まるでおとぎ話のようだったり映画に出てくる理想的な庭のように感じさせます。
そこに座りたたずむ女の子。そのたたずみ方が自然に見えるのは、花冠・ワンピース・ブーツという衣装を身に着けその世界に溶けこませようとすることだったり、その表情と目線の先に何かがあるように連想させるポージングだったり…。この女の子のためにこの場所があるかのように思えます。それは、被写体の雰囲気を表現するために、様々な条件を整え変化させた撮影者たちの動きも手に取るように見えてきます。
私が違和感なくその写真の世界に入りこめたのは、被写体の美しさに加え撮影者たちが条件を作り、その条件の中で被写体である彼女自身を表現していたからに他ならないからです。
何か他の要素が欠けていても、良い写真にはなりません。そのために被写体を活かし、新しい条件の中で世界観を設定し、その中で自ら演じてもらう自由さをこの写真から感じました。

良い写真を見せてくれてありがとうございました。

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