PhotogenicYokohama Aoba

たのしみつくす。

2019/11/20

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Photo&Write by Reiri Kuroki

Coordi by Luna Ichikawa

 

@chiba forest

 

 

 

ライフスタジオの撮影が、とても楽しい。

これは、お客様からの評価ではなく、撮影者である私の話です。笑

 

撮影が、とても楽しい。

 

カメラを持っているこちら側がそう思えることは、大切だと思っています。

 

 

なんで楽しいのかと言うと、多分、写真を撮ることの意味と価値を信じているからだと思うのです。

気が付けば8年もライフスタジオで撮影していて、たくさんの子どもたちの変化と成長を、カメラのファインダーを通して見守らせてもらってきました。

ありがたいことに、ご指名をいただいてずーっと撮らせてもらっているご家族もいれば、1回きりしかお会いできていないご家族もめちゃくちゃたくさんいます。

それでも、リピーターさんであれば、前回の写真を見たりしてその成長を感じられますし、初めましてのお客様であれば、子どもたちの様子を見ながらどんな赤ちゃんだったんだろう、なんて思いを巡らせたりもします。

今、目の前にいるご家族の、子どもたちの、『いま』の姿はこの時限りです。

数秒経てばそれはすぐに『過去』になり、そんな膨大な瞬間があっという間に積み重なって、遠く遠くなっていきます。

タイムマシンが発明されない限り、目の前のひとの、『いま』よりも前の写真を撮ることは、できません。

だから、いつでも『いま』の写真を残すことに、意味と価値があると、信じています。

いつか、5年後や10年後に見返されて、子どもたちの変化や成長を感じたり、忘れていた温かな記憶を呼び起こすような、そんな瞬間が写真によってもたらされるその時の為に、私たちは写真を撮っています。

 

 

しかしまあ、子どもたちの写真を撮る、ということは、一筋縄ではいかないものです。

8年もやってるのですが、そりゃもう毎日悪戦苦闘と試行錯誤の繰り返しです。あの子もこの子も好みや性格が全然違って、ひとそれぞれで、あの手この手を駆使して撮影させてもらっています。

人見知りも、泣き虫も、怒りん坊も暴れん坊も、たくさんたくさん手こずらせてくれます。そんなツワモノたちを相手に、カメラマンとコーディネーターが協力して、時にはパパさんママさんまで巻き込んで、みんなで一丸となって撮影をやり切る、そんな達成感もまた、撮影を楽しいと感じる要素のひとつでもあるかも知れません。笑

笑わないBaby、走り回る2歳、緊張のあまり微動だにしない七五三、かたや断固着物拒否で泣き喚く子、ノリノリでポーズを取っちゃう女の子もいれば、思春期に差し掛かって撮られたくない男の子もいて。

子どもたちの『撮影』という空間における様々な立ち居振る舞いを前に、カメラを持って立ち尽くすこともしばしばです。それでも頭の中はフル稼働で、どうやったら意味と価値のある写真を残していけるかを、考えます。

いつか。いつか遠い未来で、あなたやあなたの家族が、温かい記憶を呼び起こされるような瞬間をもたらす写真を残す為に。

そして、その目的を共にするコーディネーターと一緒に、撮影空間を構築していくのです。

 

この時、共にその空間を構築してくれたのは、千葉フォレスト店のLunaちゃんでした。

私が、横浜青葉店から千葉フォレスト店に交換勤務をして数日の間、殆どの撮影を共にしてくれていたLunaちゃん。そんな彼女とのタッグで臨む、1歳Babyのソロ撮影。

言葉での指示ができないBabyの撮影においては、注意深い観察と瞬発力が必須です。家族写真、きょうだい写真の撮影を経てソロの撮影を始める1歳のBabyが、今まで触れていた家族の体温から離れてどんな反応を示すのか、少し慎重に始まったシーンの、幕開け。

幸いにも彼は比較的落ち着いていて、私たちの行動をよく見てくれていました。

Lunaちゃんが吹くシャボン玉に興味を示し、興味を持ってくれたことを確認してからアプローチをかけていきます。

千葉フォレスト店のホリゾントは広く、私は敢えて望遠で、物理的な距離を取っていました。私の両手はカメラを支えていて、視界はファインダーの中に集中します。

私の手の届かない距離で、Lunaちゃんは彼をたくさん動かしてくれました。前述の通り、Babyには言葉でポージングを指示することはできません。彼の反応を見て、動きを見て、生まれるであろう仕草を予測しながらフレーミングを決めて、シャッターを切ります。

Lunaちゃんが置いてくれたカップは、彼の赤ちゃんらしい仕草を誘発しました。カップを持って、飲む、そのシンプルな仕草ながら、手元や座り方にはBabyの特徴がよく表れていて、そんな部分にフォーカスして写真の中いっぱいに彼の全身を収めます。

顔が隠れるほどの飲みっぷりと、おむつの『まえ』という平仮名は、ちょっとユーモラスな効果になりました。

 

カメラマンは、物理的に被写体から距離があることが多く、コーディネーターはその距離を埋めて、被写体に働きかけてくれます。

時に近くで、時に離れて、それでもカメラマンとコーディネーターが見る世界は、一定の共通認識がされていなければならず、その目的とするところは『価値ある写真を残していくこと』でなければなりません。

いま、この瞬間、この写真は、いつか遠い未来で温かい記憶を呼び起こすものになるだろうか。

そんな写真にする為に、私たちができることは何だろうか。

考えれば、自ずと答は出てきます。いま、この瞬間に、目の前の『あなた』の為に全力を尽くすこと。全力を尽くしながら、自分たちもまた、この空間を楽しみ尽くすこと。

写真に伴う『記憶』には、『楽しさ』があって欲しい。ご家族にとっても、撮影者にとっても。

 

 

ライフスタジオでの撮影が、とても楽しい。

写真を撮ることの意味と価値を信じて、全力を尽くすことが、とても楽しい。

ひとは、感情に共感することができます。『楽しい』という感情は、伝播して拡大するものではないでしょうか。

撮影者である私たちが、ライフスタジオでの撮影を楽しみ尽くすことが、何よりこの空間を共有するご家族にとっても『楽しさ』を伴う記憶に繋がっていくものであると、信じています。

 

 

さあ、楽しくやりましょう。

一筋縄ではいかない、その悪戦苦闘と試行錯誤を、楽しみ尽くすことから、始まります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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