Staff BlogYokohama Aoba

Reiri Kuroki
横浜青葉店

黒木玲理

初めましての方も、
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こんにちは。

黒木玲理です。

ライフスタジオ9年目、2020年現在は横浜青葉店や新横浜店に在籍しています!

【あなたのための、あなたの写真】を自分の中のテーマに置いて、撮影をさせていただいてます。
blogでは、そういう想いを込めたメッセージや写真の分析をUpしています。

お気軽にのぞいてみてくださいね。

写真分析 / trust you,

2019/12/31

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Photo&Write by Reiri Kuroki

Coordi by Kaori Kobayashi

 

@Yokohama Aoba

 

 

 

そこに在るものを丁寧に積み上げて、構成して、

そしてそれを最後にちょっと、崩すこと。

 

私が「ひと」の写真を撮る時に、意識しているプロセスです。

 

 

カメラを持って「ひと」の写真を撮る時に、どう撮るか、というイメージは必要だと思っています。

しかし、それが独り善がりになっていては良い写真にはなり得ない、とも思っています。

独り善がりの撮影は、自分の中だけでイメージを作り出し、こう撮るべきだと自ら囚われにいって、目の前の被写体や条件に合っていないものを適用しては、写真の中に違和感を残しかねません。

私たちは「ひと」を撮っています。しかも、多くの場合、その日その時初めて会う子どもたちを撮っています。その撮影は、限定的な環境と変化していく条件の中で行われます。

インテリアは、毎日大きく変わることはありません。光は、大まかには安定した条件で用意されていますが、その日の天候や季節、時間によって変化していきます。そして被写体は、毎日、毎回、変わります。

カメラを持った私の前には、慣れ親しんだインテリアと、変わりゆく光と、新しい出会いとなる被写体がいます。

そこに「在る」もの。それを丁寧に見て、把握して、どう撮るか、というイメージはそれを起点にして具体化していくべきだと、思っています。

 

正直言って、案外何も考えないまま撮影に入っていることもあります。笑

「はじめましてー」と挨拶した時の、そのひとを観察して、そこから感じるものを大切にしたいのです。

私が撮りたいのは、「あなたの為の、あなたの写真」。あなたが、鏡の前では知り得ない自分の美しさを知ることのできるような、そんな写真。それには「あなた」という存在が必須であって、「あなた」が不在のまま練られたイメージでは物足りない。

幾つかの大まかなレパートリーはあるけれど、それはふわふわしたところで留めておいて、「あなた」と出会ってから急速に具体化を始めていきます。

 

例えば、彼女の場合。

もう10回以上ライフスタジオに来てくれている彼女は、撮影に対しては手馴れたもので、ポージングの指示も難なくこなしてくれる女の子でした。

だからこそ、撮影が一方的になってしまうことは避けたくて、崩す、ということが大切なポイントになってきました。

その時そこに在ったものは、眩しい光が差し込む窓と重心を預けられる格子。

違和感のないポージングには重心のかけ方が重要で、格子にもたれたことでそれ以上ずれない、というフレーミングの基準となるラインを作ります。同時に、自分で支えなくて良い分、彼女自身の負担軽減と右手側の自由な動きが可能になりました。

眩しい光を少し遮るように、目の前に手をかざしてもらいます。窓辺+眩しい光、という条件下で、整合性の取れている仕草です。

ここまでは、撮影者からの意図に基づいた構成です。ポージングの上手な彼女は、撮影者の指示を忠実に行ってくれました。そこに「彼女」という独自性を上乗せできてこそ、「あなたの為の写真」に近付くことができます。

最後に、崩す。

畳み掛けるようにふざけたことを口走って、彼女はふふ、と少し肩を竦めるようにして笑いました。右目が少し隠れていることで、眩しさを遮る仕草の整合性は残したまま、12歳の彼女の素直な表情が現れます。

その瞬間、私の指示だったそのポージングは、彼女自身に馴染みました。

彼女の素直な反応は「ポージングを決めている状態」から無駄な力を抜いていき、その時そこに在るものが、必然を成していく。

 

 

丁寧に積み上げて構成したものを、最後に崩すのは、勇気が必要な場合もあります。

でも、私は「あなた」から瞬間的に出てくるものを、信じています。

撮影は、ひとりではできません。

被写体である「あなた」がいて、「あなた」を見詰める「わたし」がいて、「わたし」にはファインダーの中を共有してくれるコーディネーターがいて、撮影空間には「あなた」を愛する家族もいて。

撮影は、そんな「ひと」たちが相互に関わり合いながら、影響しながら、共感しながら、作っていくものです。

撮影者として、意図して構成することは重要です。しかし、被写体の在るがままを阻害するような干渉は避けたいと思っています。

イメージの起点は「あなた」から始まり、そこに在るものを違和感なく適正に用い、構成する。そして、「あなた」が「あなた」として現れる余地を作る為に、ちょっと崩す。

撮影者として、被写体である「あなた」を信じて、その瞬間を待つのです。

 

 

環境と条件、そして「あなた」がそこにいる。その時に生まれる最適解。

それを選び取れることは、とても自由なことだと思っています。

 

 

 

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