Staff BlogYokohama Aoba

Natsuko
横浜青葉店

高川夏子

こんにちは!
横浜青葉店のなっちゃんです^^

3歳頃から大人になるまで絵を描く仕事に就くのが夢でした。絵で勇気やあたたかい気持ち、元気を届けられる人になりたいな~と思っていました。

いつからか夢の形は変わっていき、
今は写真でそんな想いを届けられる人でありたいと思っています!

ツールが変わっただけで、夢や想いは変わってないんだなぁ、と最近しみじみ思っています。笑

写真と子供と漫画とももクロが大好きです!
おすすめな漫画などありましたらぜひ、教えてください^^笑

嫌われる勇気⑧4章振り返り

2019/1/24

199 0

第4章では、『共同体感覚』という言葉を通して、人との関わり合い方や自己肯定感について書かれていました。

 

(共同体感覚とは、他者を仲間だと見なし、そこに「自分の居場所がある」と感じられること。詳しくはこちら。)

 

今回も、この章の中で特に自分と重ねた部分を抜粋していきます。

 

 

 

◇自己中心的

 

自己中心的である人は、仲間を失います。

そして、そのままであれば、共同体感覚を理解することは出来ないそうです。

 

 

この本によると、承認欲求にとらわれている人もまた、きわめて自己中心的である、とのこと。

 

他者に良く思われたいから、他者の視線を気にする」というのは、他者への関心ではなく、自己への執着。

 

そして、自分にしか興味を持たない人は、自分が世界の中心にいると考えてしまい、

他者を「この人は私に何を与えてくれるのか?」という見方で見てしまうようなるそうです。

 

 

前職での私を思い出しました。

全員に対してではなかったにしろ、この章にあるように「この人は私に何を与えてくれるのか?」という見方で、人を見ていた記憶がありました。

 

何様だよ。。。恥。。。

何その与えてもらって当然みたいな態度。。。

何で与えてもらうの待ちだよ。。。

誰だよ。。。

 

そして、そういう見方をした先も、本と同じでした。

何かを与えてくれるかも?といった期待が必ず満たされるとは限りません。

そうやって満たされなかったとき、大きく失望し、「あの人は私に何もしてくれなかった」と憤慨するのだそうです。

 

………記憶にあります。

穴があったら入りたくなってきました。

思ってただけでも罪なように思います。

罪です。

 

 

ここて正すべき意識は、「自分が世界の中心であるという考え」です。自己中心的というのは、そういうことです。

当時の私に、自分は世界の中心ですか?と聞いても「そんなこと思ったことない」と、心からいうと思います。実際そんな風に考えた記憶はありません。

でも、上で記したように「この人は私に何を与えてくれるのか」という考えは、自分が世界の中心と捉えているからこそ出る考え方なのです。

そこは、私の認めるべきところです。

 

では、認めた上でどう考えていくべきなのか。

それは「あなたは共同体の一部であって、中心ではない」です。

 

本では、世界地図と地球儀を例に書かれていました。

世界地図は、地図の中心を自国にするので、国によって中心に描かれる国が違います。なので、他国で世界地図を見た時は、自国が端に追いやられたような気持ちになるでしょう。

でも、地球儀の場合は、見る人の場所や角度によって無限の中心が点在します。

 

具体的に言うと、「私はこの人に何を与えられるか?」を考えるようにならなければならない、ということです。

 

 

話を戻しますが、これは「ここにいても良いんだ」という所属感、共同体感覚を得るための考えの改め方です。

所属感とは、ただそこにいるだけで得られるものではありません。

対人関係を回避することなく、自ら足を踏み出すことが重要だそうです。

 

もしも自分が世界の中心にいるのだとしたら、他者は「私のために何かをしてくれる人」であり、自分から動く必要はありません。

でも、私達は中心ではなく一部だから、自分から対人関係に踏み出さなければいけない。

その一例が、「私はこの人に何を与えられるか?」です。

 

与えることで、居場所を得られるのだそうです。

だから、会社での居場所を得たいのであれば、会社に自分が何を与えられるのか、会社で自分は何が出来るのか、となっていくわけです。

会社全体を見ての居場所、店舗内での居場所、撮影中の居場所、家での居場所、友達同士で集まる時の居場所etc.

全ては、この人たちに、この場所に、何を与えられるのか、から始まるそうです。

 

働く上で会社に、店舗に、何が与えられるかなー。。。

のこちゃんの教育に関しては、店舗のために、と言うよりかは、とにかくのこちゃんに何を与えてあげることが出来るかなー、と考えています。

少しでも気持ちが楽に、楽しく、進んでいく力の要素の一部でも、あげることができたら良いなぁと。。。

だから、そのためにも、具体的なことを教えるだけでなく、前の章に出てきた「窮地に陥った時に相談しようと思える信頼関係を、普段から築く」ことが重要なんだと思います。

と、今書きながら改めて思いました。

 

Another meも参加させて頂くようになりました。

しかし、まだまだこの章にある「ただそこにいるだけ」です。

与えて頂いた撮影機会で、撮影をさせて頂いている、、、という状態です。

では、私自身は何を与えることが出来るのか。

私のすべきことは何なのか。

普段の撮影にも言えることですが、目の前にいる子のその子らしさなど、美しくあるものを、より美しく表現し、「もうひとりの私」と感じてもらったり、美しくありたい時期、その想いの応援をする。

それを実現するために、カメラマンとして、コーディネーターとして、努力、準備をしていくべきなのです。

私が今「ただそこにいるだけ」と感じるのは、努力不足、準備不足なのだと思います。

 

 

 

◇自らの価値

 

私がまだ、「ただそこにいるだけ」と感じていたとしても、「自分には価値がない」と思うのは違うそうです。

 

他者に何を与えられるかは、重要ですが、具体的に目に見える何かを与えられなければ無価値、という訳ではありません。

まずは、存在レベルで受け入れていくことが大切だそうです

極論のように聞こえると思いますが、他者のことも自分のことも、まずは「存在していること自体が、誰かの役に立っている」ことを受け入れ、感謝することが大切だそうです。

ここで言えば、参加していること、その姿勢が誰かの役に立ってる!かもしれない!笑

この解釈が間違っていたら、教えて下さい。。。

 

しかし、私も思いますが、「存在するだけで自分に価値があるとは思えない」と、なると思います。

その答えとして「横の関係」という言葉を用いて、哲人は説明をし、次の章に続いていきます。

横の関係についても、こちらをどうぞ。

 

 

ひとまずこの章の振り返りはここまでにします。

自分に当てはめて考えるのに、すごく時間がかかります。。。

認めたくない自分と葛藤するからでしょうか。。。

内容のまとめと同じくらい、すぱっと書けるように頑張ります!

この記事をシェアする