menu
menu
ログイン
予約
LifeStudioとは
ライフチャンネル
ライフチャンネル一覧
ライフNow
ライフ人
MVP店舗
イベント
フォトフェス
コラム
店舗紹介
ギャラリー
ギャラリー一覧
Baby
Kids
753
1/2成人式
Birthday
Otona
撮影プラン・料金
(料金/システム/商品)
初めての方へ
撮影プラン
商品
Q&A
コミュニティ
コミュニティ一覧
ライフファミリー
ゲストストーリー
ライフストーリー
スタッフブログ
店舗フォトジェニック集
ご利用の流れ
よくある質問
Official SNS
サイト内投稿の検索
Official SNS
サイト内検索
LifeStudioとは
ライフチャンネル
ライフチャンネル
ライフNow
ライフ人
MVP店舗
イベント
フォトフェス
コラム
店舗紹介
ギャラリー
ギャラリー一覧
Baby
Kids
753
1/2成人式
Birthday
Otona
撮影プラン・料金
(料金/システム/商品)
初めての方へ
撮影プラン
商品
Q&A
コミュニティ
ライフチャンネル
ライフファミリー
ゲストストーリー
ライフストーリー
スタッフブログ
フォトジェニック
ご利用の流れ
よくある質問
ログイン
予約
フォトジェニックアーカイブ
Photogenic Archive
トップ
ライフファミリー
ゲストストーリー
ライフストーリー
スタッフブログ
店舗フォトジェニック集
ライフスタジオで撮影した各店舗のベストフォトを集めました。
「目的」
2014/4/1
0
No.99 Yokohama aobaphoto by volvo codi by misato 出来る限り撮ってあげたい好きな写真があります 「横顔」です 横顔というのは鏡でも自分で確認する事が出来ません両親でさえもマジマジと見る機会は少ないのではないでしょうか? そんな普段意識する事の少ない横顔を撮りたいと思って撮影に望んでいますが私は横顔を撮る為のツールとして「横写真のクローズアップ」を使用しています 私の中で「横写真のクローズアップ」をきちんと撮る条件がありますそれは目的を持った「目」をしている事 これに尽きます ただ横から撮るだけでは、真似をしていっけん同じに撮ったとしてもダシの入れ忘れたみそ汁のようにまるで味気のないものになってしまいます 「目」に目的を持たせる為には動機付与が必要であり動機付与をする為にはこちらが被写体に深く入り込まなければいけません この写真の動機付与はコーディの大橋さんにやってもらいました撮影開始からのコミュニケーションでもはや友人となっていた2人もう動機付与について私がわざわざ入り込む必要は無く、目線だけ指定させてもらいその瞬間役割分担が規定されました 私の撮影ではコーディネーターが私のそばにいることはそんなに多くありませんその答えはなぜ撮影を2人で行っているのか?という問いに含まれています。当たり前に聞こえるかもしれませんが、それは役割を分担する事ができるからです 自分が物理的に出来ない事は助けてもらえばいいし、自分が得意な事は任せてもらえばいい。その区分けはカメラとコーディという枠で分けるものではなく、撮影をひとつの完成品として作り上げる為に相乗効果を生み出す役割分担をその撮影ごとに規定していくという事です。分担内容はどの撮影も違います。 10という撮影を作り上げたいが私がどうしても4しか出せない条件なのであれば6だしてもらえばいいし、私がもし10出せる条件がそろっていれば11や12を目指してもらえばいい。 私は常に10を出そうと努力します。 それは自分で全てやってしまおうと言う事ではなく、11や12になるようにいつの撮影も限界を超えていきたいと思っているからです。結果としてアシスタントというよりは、よりーディネーターとしての役割をさせてあげられるように心がけています。だから私よりも被写体や親御さんのそばにいてもらう事が多いのだと思います。 撮影者の2人がどれだけ相乗効果をあげながら撮影にのぞめるかが、被写体との距離を近くし「横写真のクローズアップ」にきちんとダシを入れられるかどうかの境目になっていくのではないかと思っているので、結局は人に深く入っていかなければ何もいい結果は出ないのだなとつくづく思います
『 のり弁の法則 』
2014/3/31
0
Yokohama Aoba Photo by Kuroki codi by Ohashi 聖徳太子(現在では厩戸皇子 : うまやどのみこ と呼ぶ)はかつて、多くの事を同時に聞き、その全てを同時に対処することが出来たと言われていた。それはつまり彼の処理能力が高かったという事。私たちカメラマン、コーディネーターも撮影中に同時に多くの事を処理しなければならない。構図、光、角度、絞り、スピード、感度、距離、整理、フレーミング、衣装、ポーズ、などなど。今回はその中でも構図と整理について。写真に捉える時、画角が大きければ大きいほど整理する箇所が多くなる。これはいわゆる感覚が重要ではあるのだが、その感覚を視覚的に整理するひとつの方法がある。それは画面に細かく線を引き『無数の三角形』をつくる事。もちろんこれは視覚的にとは言っても頭の中に描く想像。しかし画面をこの三角形で埋め尽くす事が出来ればその画角の広い写真は整理されていく。逆に、この整理が成されてこそ初めて映し出したいものが浮き出てくる。これは、まず処理しなければならない事であり、ベースである。いわゆる、のり弁当に敷き詰められた海苔。この醤油の染み込んだ海苔がしっかりと敷き詰められていないと、メインであるから揚げやシャケ、ちくわの磯部揚げなどは引き立たないのである。これはつまり、『のり弁の法則』自論である。
みつめる
2014/3/31
0
強くみつめる眼差しに、ぐっと引き込まれる。女の子ではなく、女性の目。
無垢
2014/3/31
1
新しいインテリアの中での撮影。その中で何に集中し、何を切り取っていくか?新しいインテリアだからこそ沢山の魅力がある。だからこそインテリアと向き合い考える必要がある。この写真で注目したのは、被写体の持つ魅力を表現する為に空間にアクセントを付ける事。背景にある左上に写っている額から机、右下の額へと目線を移す事が出来る。それにより背景に流れを生み、空間を埋める効果と被写体の存在を際立たせる事が出来ると思う。写真に写る小物を四角という形として認識し、うるさくならない様に気を配る事。そして人物を形作る光は出来るだけ柔らかく表現出来る様に小窓からの逆光をアクセントに構成してみた。すべては女の子の持つ表情、仕草、その子のその時、その瞬間を残す為に、今、自分の持っているものを最大限に絞り出し表現する、それこそカメラを握る者の使命だと私は思う。Photo By Nousaka Coordi By Kazumi
楽しむこと
2014/3/31
1
だから子供は美しい。君に伝わるかな・・君に伝わるわけないよな・・
View of the world
2014/3/31
0
photo by Ryo codi by Kaori in Yokohama Aoba作られていない物は美しいと言う。しかし、作られたものもまた美しい。衣装や子供たちの雰囲気から、想像し表現をするカット。それがきょうだいでいればなお写真の可能性は大きくなっていく。一人では完成しない写真。それが2人の写真に必要な条件ではないでしょうか。その時私が持つ写真の世界観は2人を主役に作り上げられていく。撮影に来てくれた感謝、そして共に過ごせた時間。この場所が子供たちにとっても私たちにとっても素敵な空間であり続けられるように。日々全力を捧げていきたい。
組み合わせ
2014/3/31
0
アシスタントに入ってくれた小野寺さんの強み、コーディネート。 そのコーディネートをカメラマンとしてどう生かしていくか? をいつも考えさせられる。 新しいコーディネートに対して、大きくインスピレーションを受ける。その中で撮影者も何処で撮影するか?お互いにとって良い刺激となる。 見慣れたインテリアの中でも空間の切り取り方で、他者に与える印象が大きく変わってくる。 お着物を脱いだ彼女は、ボーイッシュに変身した。ボーイッシュの中に、ピンクのニット帽が入り女の子らしさが加わった。このコーディネートをみた瞬間、私の中で撮る場所が決まった。 廊下の青い壁×オーバーオール。 緑のレギンスに合わせて、ドアを開けフラワーカフェの緑の壁をいれた。煩くなってしまうので、望遠レンズで背景を暈しながら奥行きを持たせた。 そして、カメラを持たせ、どんな写真を思い描くのか?!そんな少女の物語。 Jiyugaoka Photo by Hidaka, Coodinate by Onodera
心の赴くままに
2014/3/31
0
2歳の撮影はとても興味深い。心の赴くままに、本当に素直な反応が楽しいし可愛らしいとも思う。 嫌なことは絶対いやだ!!という姿勢。興味のある事に対してはとことん突き進んでくる姿。 大人になると、忘れてしまうこの気持ち。 この日は、気持ちの良いくらいとても快晴だった。3シーン目、一番弾ける時。 ベッドに誘導した。靴も、帽子も脱いで、心も体も身軽になる様に、、、。沢山の光を浴びながら開放的になった彼は、今にも飛び出しそうな瞬間。 自由を得た!!そんな瞬間だった。Jiyugaoka Photo by Hidaka, Coodinate by Chiba
息が合う瞬間
2014/3/30
0
今年に入って自由が丘店のスタッフと約束をした。もっと写真に向き合う為に店舗のPhotogenicを月に一個は必ず上げようと。そう決めてから自然と各自月ごとの主題を決めて、撮影に望むようになった。 3月の私個人の主題は兄弟撮影の関係性をどう表現するか?どうやったら兄弟の仲睦ましさや、その兄弟らしさを表す事が出来るかを特に考えた。そして幸運にも3月はとても仲の良い兄弟が多く、私の主題への条件が揃っていた。 この日は4歳と2歳の兄弟。本来4歳と2歳の兄弟撮影は難しい。嫌々期真っ只中の2歳は撮れたとしても数カットのみになってしまう可能性があるのだ。でもこの日は違った。大好きなお兄ちゃんが隣にいるおかげでとてもリラックスしていた。お兄ちゃんを慕い、そんな弟をかわいがるといった、お互いが大好きな様子がすぐに伝わってくる仲の良い兄弟だった。私は普段、兄弟写真は横からのアングルは被写界深度の関係上めったに撮る事がない。なぜなら隣に座らせ横から撮るには、子供の位置が被ってしまったり、ピントが合わないというリスクが大きいからだ。 後ろからの柔らかい光が彼らを包む中、アシスタントがシャボン玉を吹いて子供達と遊び始めた。その瞬間彼らはシャボン玉に釘付けになり、そのシャボン玉に触ろうとまったく同じタイミングで二人は手を伸ばした。 私の写真を見てあるカメラマンが言った。``店長の写真は子供達の魅力を最大限引き出しそれを収める事が出来る'' そんな一枚が表現出来たのではないかと思う。 Jiyugaoka Photo by Sonhee, Coodinate by Onodera
一人より二人
2014/3/30
0
子供を一人撮影するのはもちろん楽しいけれど、二人の撮影はもっと楽しいことが多い。だれでも大きなカメラを構えられたら緊張する、すぐに笑顔でカメラを見ることなんて難しい。そんな状態でも、兄弟が一緒だとすぐにいつもの空気になる。私は常にそんな写真を残したいと思っている。もうすぐ入学する双子の男の子、片方の子のヘアスタイリングしているときに、もう一人撮影していた。はにかみながらカメラを意識する。続いて、一緒に座ってもらって撮影をする。 そしていろんな質問をした。 二人の中で、早く寝るのどっちだ!?ご飯いっぱい食べるのは?かっこいいのは?じゃあ、足速い方を指さして! 初めの空気とは一変して2人のは持った笑い声がスタジオの中に響く。私達も両親も、笑う笑う。この子たちも私達もずっと笑っていた。 腕を伸ばした瞬間にシャッターを切。2人のつながりと笑顔が一枚になった。 photo by Ogawa codi by Solbeen in Aoyama.
見えなくてもわかること
2014/3/30
0
僕たちは何かを意図として、何かを作り上げる。しかしこの世界には目には見えなくとも感じることのできる何かがある。それは一瞬顔を出しては、また消えてしまうものなのかもしれない。僕たちはその一瞬を掴もうとするものの、その一瞬は僕たちを待ってはくれない。しかし、なぜ僕たちはその一瞬を掴もうとするのか。その一瞬に何を望み、そして何を得るのか。掴んだ者にしかわからない答えかもしれないが、僕たちはその一瞬の価値を知っている。一瞬の価値、それは目で見えなくとも感じる、家族の愛ではないか。Photo:JiroCode :Junpei
日常の続き
2014/3/30
0
Photo by Suwa Code by Shie at Galleryカメラを向けるとそこにはいつもと変わらない風景や笑顔が存在するいつもと変わらない、日常の続きだからこそ、当たり前すぎてしまうからこそ、私達は時々その大切な「なにか」を見失ってしまうことがあるように感じます今、こうしてこの場所に存在しているということ声をかければ、あなたが変わらない笑顔で振り返りこたえてくれる事耳を澄ませば、春を告げるウグイスの鳴き声が聞こえ、頬をなでる風が心地よくて、午後の日差しに吸い込まれそうになる何気ない瞬間、何気ない風景の中にこそ、探しているものの「答え」がシンプルに転がっているカメラを向けると、笑いかけてくれる笑顔の存在こんなに嬉しくて愛おしくてかけがえのない瞬間はない緊張をしていたおねえちゃんが妹と兄に見せた無邪気な笑顔この瞬間にこそ、私の求めている「答え」が存在しています
flexibility
2014/3/30
2
No.99 Yokohama aobaphoto by volvo codi by chisaki 人が、より自分を高める為に必要な条件があるとすれば、そのひとつとしてあげられるものが「自分を持っている」事と「自分に執着する」事を分けて考えられる人ではないかと思っています。 写真に自分なりの一定の評価を下せるようになってくると「自分の写真」というものができあがりますがその個性を表現し活動していける場所がライフスタジオの強みであり最大のポイントだと思います。 しかし私達が個性を表現し続ける事は、やりがいを感じつつもあるどこかに到達した瞬間限界を感じるようになります。限界に到達したとき、最初に書いたふたつを分けて考える事が出来ないと個性に執着し壁の存在を見失い、限界を越える事ができません。かと言って何もかも新しいものにしていく事がベストだとも思いません。 自分を高め続ける為には「個性」をあきらめずかつ「執着」をしないという矛盾するような状態を乗り越え続ける事であり、それが限界を超えていくひとつの過程なのではないでしょうか。この写真を撮る為に仲間の写真の良い部分をたくさん取り入れました。そして、自分らしさを追求しました。私は常に成長する人間でありたいと思っています。
モノクロームの世界
2014/3/29
0
(Jyugaoka photo by Kashiwagi, Coodinate by Tetsuka) お渡しするカット数は75。すべてが被写体メインの写真でなくてもいいと思う。もっといってしまえば、何カットかは「ライフスタジオらしい写真」でなくてもいいんじゃないかと。 撮り手のモチベーションが写真に影響するのであれば、その時に強く「撮りたい!」と願うものを撮るべきだ。わたしが目指したのは「モノクロでなければならない写真」。色味が制限されるということは、情報が制限される分だけ画面内を整理しなければならないということ。どの部分をどのように表現したいのか、シャッターを切る前にじっくり分析する。 光がほとんど入らない玄関へ続く階段。自然光が入らないということはライティングによって一から作り出せるということだろう。ライトボックスの下に物をかませて、斜め上方向に光を当てる。この角度の調整が重要だ。 階段に生まれるグラデーションが画面上にリズムを生んでいる。白と黒のバランスの妙。モノクロだからこその魅力。
Time is
2014/3/27
0
国分寺のインテリアのイメージの代表格である窓際。そのインテリアでやっと詩の意味も合わせて完成した1枚を作くれたような気がしました。 この瞬間に感じたのはやはり最初に促す動作をしっかりと抑えること。いい瞬間というものは2度は来ず、2回目は嘘であると伝わってしまうと思いました。 時間をボトルにつめこんで。 ”Time is Too Slow for those who Wait,Too Swift for those who Fear,Too Long for those who Grieve,Too Short for those who Rejoice;But for those who Love,Time is not. 時間は待っている人にとっては遅すぎ、恐れている人にとっては早すぎ、悲しんでいる人にとっては長すぎ、喜んでいる人にとっては短すぎる。だが、愛する人にとって時間は永遠である。” photo by Shiiba codi by Yamamoto in Kokubunji
抱きしめるという理由に理由はいらない
2014/3/22
2
2014-03-17 Photo by Suwa Code by Matsu in Gallery 抱きしめるということそれは、再確認をするということ 愛する人がいるということ愛し、求めてくれる人がいるということ 抱きしめるという行為は1人では出来ません確かに、私たちはどんなに抱きしめ合っても、1つの個体になることは出来ないかもしれません ですが、だからこそ、互いのぬくもりを感じる事ができるのだとそう、思うのです 私の写真に含まれる要素の中に、必ず1枚は入る要素それが、この「抱きしめる」という写真 様々なバリエーションを試行錯誤することも、ポーズの指示もとても重要です ですが、最後にはこの「ぎゅ〜ってしちゃいましょう!」という言葉をふいに投げかけたくなるのです なぜか?投げかける言葉は同じでも、被写体同士の関係性によって、この「ぎゅ〜」のかたちが異なる部分が面白くもあり、そのままを残したいと感じるからです 「おいで」と両手を広げてくれるママの笑顔と、迷う事なく、その胸にゆっくりと飛び込む彼の姿と 自然の中での自然なカタチを常に追求しています自然という作られた空間ではなく、この場所での自然なカタチと表情はなにか?を常に考えています抱きしめるという行為は、私たちの求めている「自分の居場所の確認」と「愛の確認」ではないでしょうか? 抱きしめたい人がいること抱きしめてくれる人がいること 抱きしめるという行為は、言葉など必要ない
季節の光
2014/3/22
0
季節の変わり目の時期は光の変化が目に見えて分かるので、撮影をしていても楽しく思います。冬の鋭い光から、少しずつ春の暖かい光に変わっていく過程を確認しながら、それを最大限活かすことができればと...。 さて、光が豊富でかつ被写体が自由に動くことができる環境というのは、撮影者である私たちにとっても好条件です。私たちは被写体が自然に見えるように、なるべく被写体を動かして撮影をします。十分な光はそれを可能にしてくれます。動けば動くほど仕草も豊富になり、自由に遊ぶその姿を見ながら、シャッターを押す瞬間が訪れるの待ちます。 被写体の自然な姿というのは見る人が変われば異なり相対的なものでありながらも「太陽の光と人」という関係は「その光景を自然だ」と、私たちに安定的に感じさせてくれます。また、目に見える光というのは被写体の存在を美しくみせるだけでなく、光そのものが絵となることができます。光は写真の副主体となり、その瞬間にしかないアクセントの一部になります。被写体の自然な姿と副主体としての光、この二つが丁度良く融合する瞬間というのが先ほど述べたシャッターを押す瞬間となります。 写真は自分が見えるものだけしか写すことができません。そこで私たちは必ず表現することの限界を感じます。だから小さい変化も感じることができるように、常に自分のアンテナを立てておきたいものです。 越谷店 photo 西 codi 及川
イメージ
2014/3/20
4
『お菓子でいっぱいなPOPな空間をつくりたい』私たちがイメージを膨らませはじめたのは、2カ月ぐらい前になる。 その空間にはどんな色合いがいいの?どんなお菓子がいいの?どんなお皿がいいの?どんなバランスがいいの?どんな光がいいの?どんな衣装がいいの? どんな?どんな?を何回も何回も繰りかえす。 イメージをより明確にしていく作業は、それがだんだんと形になってくるほど面白さが増した。 ・・・・ 春一番がふいた日私は一人の女の子と再会した。 瞳が印象的な彼女。ちょっぴり照れるそのしぐさもまた愛おしい。 今回の撮影での75cutは彼女のもつ素朴さや、ちょっと背伸びした大人っぽさ、子供らしいかわいらしさを流れの中で表現するものにしたかった。 そしてかわいらしさを表現する空間を、この場所に選んだ。 衣装は黒×赤×ベージュのワンピース。ビビットなイエローのクラウンを頭にのせてアクセントにした。そしてそれまでおろしていた長い髪はゆるく三つ編みにして、彼女のかわいらしいほっぺたを強調した。 カップケーキを目の前にしてわくわくの彼女。そのわくわくが自然と表情にあらわれる。 そして白やピンクのかわいらしい色合いの空間と、彼女の表情やしぐさが絶妙にマッチしたキュートな写真がうまれた。 お菓子がたくさんあるイメージ。でもまだ完成ではない。 もっともっとたくさんの可能性をひろげたい。 Photo By Nousaka Coordi By Kazumi
余裕
2014/3/20
1
いつもそうですが一枚の写真でその被写体のイメージをどう演出するかを考えています。 写真というのは連続した画ではなくて、単独の画になります。写真が表現しているその画は、その瞬間の光景を写し出してはいるものの、その前後に何があったのかを私たちには教えてくれません。だから写真を見る人は多くの事を想像することを許されます。多くの事を想像することができることというのが、ある意味ではそれが写真の醍醐味であり、一枚の写真からどのくらイメージが伝わるかが、良い写真の基準だと個人的には考えます。 最近はそれを如何に表現すればよいのか、無い知恵絞って考えています。それでもやはり適切な余白の配分によって写真が効果的に演出されるということには変わりがありませんでした。 適度な余白の配分がどのくらいなのか?それを論理的に語ることが今はできません。その被写体とその被写体のイメージに合わせながら意図的に人が余裕を感じられる空間をつくる、それは自分の感覚で調整しているものです。 ただ、それでもこのくらいの余裕は丁度いいと思います。 僕はこういう写真が好きです。
家族写真
2014/3/19
0
人に、写真に、自分自身にもっと深く入っていきたい・・・。 私の中で家族写真に対する一つのルールがあります。それは、自然なポーズのように見えて全てが計算されていることです。 この計算されているという言葉が、人を操るという意味ではなく自然な動きになるように心を開いていくということです。そのように人を動かす技術を私達はずっと追い求めているのだと思います。家族写真を撮る上で、私達は被写体に対して手取り足取りポーズを付けていくと、時として被写体を緊張させてしまいます。なぜならば、一から作るポーズは人工的な匂いがするからです。そうではなく、まず被写体に対して何も指定せずに座ってもらったり、手を繋いでもらったり、目線を私達に向けてもらうのです。ここでポイントなのが真似をしてもらうということです。先ほど、何も指定せずにと言いましたが、まったく何もしないということではなくお客様にイメージを伝えることが重要なのです。それが、真似をしてもらうという行為に繋がってくるのです。イメージを伝えるうえでは、私達も人の美しい身体のライン、角度や人それぞれのコンプレックスだと思われる面をより綺麗に表現しなくてはいけません。そのためにまず自らが美しさを追求するということです。人の美しさに集中していくと様々な現象がみえてきますが、あくまでも人の美しさの本質に近づいていかなければいけません。その本質により迫れる方法が、人の心を開いていくという行為なのではないでしょうか?だからこそ、被写体の目を見て、対話をしていきながら、被写体がどのような状況なのかを観察していくのです。私が思うに、人を理解するうえで、人の情報は目に見えないことの方が多いです。なぜならば、被写体は言えないからです。自分のことを話すことはとても恥かしいことですし、初対面で自分のことをよく知ってほしいというお客様はそう多くはないと思います。だからこそ、私達から向き合っていかなければなりません。私達がどのような人で、どのような想いで人に対していて、どのようなものを求めているのか・・・。結局そのやりとりの中で、お互いの関係性が作られ、私達の求める美しい自然な姿を引き出せることができるのです。 この家族との出会いは、2010年からです。今回で4回目の撮影になります。偶然ではなく必然であった代々木店での再会。いつもは越谷店勤務なので特別なことが無い限り代々木店勤務ではないのですが、今回また出会えることができたのです。パパさんママさんとも懐かしい会話をしていきながら、まずはママさんのソロを撮影しました。次にパパさんのソロを撮影しました。そしてパパさんとママさんの2ショットを撮影していきました。そんな様子を私の横でニコニコしながら見ている兄弟の姿はとても愛くるしいものでした。そんな流れの中で、家族が一人増え、また一人増え、四人家族になったときにこの写真は生まれました。一人一人がみんなと触れ合って繋がっています。パパはママを左手で抱き寄せ、右手では弟を支えています。その弟も両足を揃えて全体重をパパに預け、右手でパパの小指を繋いで甘えています。ママは、重心をパパに寄せながらも左手でお兄ちゃんを支えています。お兄ちゃんは、右手左手でママを支え重心を少し前に持ってきてくれています。この効果で、家族全員の顔の位置がほぼ同じラインに揃います。そうする事によって家族の顔の位置が安定し更には全体的な一体感まで表現してくれます。指の一本一本が家族の触れ合いであり、自然なもとまりを演出します。そして、もっも重要なのが家族全員が私達に向かって微笑んでくれていることです。この瞬間ほど有難いことはありません。この出来上がった写真をみて、家族が同じものを見ている印象を感じることによってより見たときの感動を確実なものに出来るからです。だからといって感動させたい写真を撮りたいということではなく、『感じてほしい』という表現のほうが近い気がします。共に感じ、共に刻んでいく家族写真。これからも、私はその瞬間に出会っていきたいと思います。Photo by Ouchi akane codi by Takano asana in yoyogi
前へ
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
32
33
34
35
36
37
38
39
40
41
42
43
44
45
46
47
48
49
50
51
52
53
54
55
56
57
58
59
60
61
62
63
64
65
66
67
68
69
70
71
72
73
74
75
76
77
78
79
80
81
82
83
84
85
86
87
88
89
90
91
92
93
94
95
96
97
98
99
100
101
102
103
104
105
106
107
108
109
110
111
112
113
114
115
116
117
118
119
120
121
122
123
124
125
126
127
128
129
130
131
132
133
134
135
136
137
138
139
140
141
142
143
144
145
146
147
148
149
150
151
152
153
154
155
/ 155
次へ
コミュニティに戻る
フォトジェニックに戻る