PhotogenicAoyama

幻の時代

2018/10/18

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生きる上で人と接する事からは逃れられないものです。

 

兄弟、両親、友達、じいじばあば、先生、監督、コーチ、近所の方、職場の方

 

いろんな人と接するからたくさんの事を知っていく。

小さなことから人は吸収して学び。

喜ぶ事、怒る事、悲しい事、楽しい事の意味をわかっていきます。

 

 

 

 

私という人間は親にそんなに怒られていない方だと思います。

末っ子という面もあり、4歳上の姉にいじめられていた日々を送っていた面もあり

何より私の両親は子供を授かるという事から少し遠ざかった人生を歩んだ両親でした。

私の両親は結婚をし8年をかけ姉を授かり、さらにその4年後に私を授かりました。

 

それ故、甘めに育てられていたのかなと思います。

それもあって姉には怒られることもあったし、親に怒られる姉の発散の対象だったのかと思います。

それでも私の家で見たホームビデオの1シーンはものすごくじゃれあう姉を私のものがありました。たしか私が3歳、姉が7歳の頃。

私の記憶からはなくなっていましたが、、そんな時代もあったもんだ、、

 

 

 

私は親が喧嘩をするようなところは見たことがありません。

いつも朝と夜は家族と過ごす時間を大切にしていました。

 

私が大人になって結婚をしてようやくそういった部分に気付きました。

 

 

 

それが当たり前で生きてきました。

しかし、その当たり前が尊敬に値します。

 

 

私は学生生活を大学まで行かせてもらい、社会人になって様々な人と接してきて思います。

幸せな両親のもとで育てられたんだと。

 

 

だから言えます。

目標は両親の様な家庭を築く事だと。

 

食事の大切さ、人を傷つけてはならない事、注意されることはあなたに良くなってほしいから言われるという事。

 

 

そして家族が一番の存在だということ。

 

 

私が30歳になった今でも私の親は言ってきます。

 

 

 

 

 

 

【幻の時代】

 

Lifestudio AOYAMA

Photo by CHIBA

Coordinater by FUKASAKA

 

 

 

 

ある日の撮影中

 

私も遊びながらカメラを握っていました。

 

私「ほんと仲のいい兄弟ですね」

 

 

ママさん「仲いい、、いやー、、、、うん、、、まあ、、でも、、うん。笑」

 

 

私「あ、お察しします、、笑」

 

 

 

 

兄弟のいる家庭ではお子様同士の喧嘩が日常茶飯事ではないでしょうか。

特にも元気のよい男兄弟ならなおの事、、

 

毎日の撮影の中で兄妹がくるとこういった会話がされることは珍しくないものです。

 

自分の人生の経験からも理解が出来ます。

姉と仲はいいけど、いじめられた記憶が圧倒的です。

 

 

 

 

 

 

 

私は誰かの背中をみて学びます。

一方で誰かは私の背中をみて学びます。

 

 

私は新人カメラマンの教育を日々する中で私の原本がひとつの教材となります。

 

基本に忠実であり、挑戦的でもあるということ。

を忘れてはいけない。

 

 

・私がこの兄弟をどうくみ取って撮影にいたったのか

・私がこの日の光をどう分析していかしたのか

・私がこの日の家族との会話をどう解釈して写真に入れ込んだのか

・私がこの二人の為に洋服を用意したコーディネーターはどういう意思で着せたのか

 

 

教育者としてこのようにわずかでも言動と行動を分解して伝えたいものをも残すことを使命としています。

 

 

写真撮影も冒頭で書いた人生と同様です。

 

撮影をするうえで人と接する事からは逃れられないものです。

 

私の人生観、兄弟の今、親御さんの想い、コーディネーターの意思など落とし込むことが出来ればという想いで必死の日々です、、

 

 

 

 

 

 

 

今回の元気でわんぱくな兄弟はよく喧嘩もしますが、二人でじゃれあい楽しい時間を過ごしてくれます。それがいつも通りの姿です。

そのいつも通りにするためにカメラを置き私とコーディネーターでふざけあいました。

そしてママさんの言ったセリフが私の両親の言葉を蘇られました。

「昔はこんなに仲良くじゃれてたんだよ」と

この子達の年齢5歳と8歳

どこか、私のみた自分のホームビデオと重なります。

しかし、私は姉とじゃれあったシーンなど微塵も覚えていません。。。

 

なのでこの二人の今や、この瞬間も将来この子たちが見たとき

人生の幻のシーンになるのではないかということが頭によぎりました。

 

 

 

なのでスタジオの床に強く落ちてきた光と前ボケにフィルターを利用し、より幻想的な雰囲気の写真に寄せて行きました。

 

コーディネーターが合わせてくれたシャツの色合いも帽子も活かして。

 

そのタイミングできた自然光を活かして。

この瞬間、この条件で出来るものを考えシャッターを押しました。

 

 

 

この子たちが将来、この時代に残した写真たちを見る時がきて

もしかしたら

幻の様に思うのかもしれない。

こんな時代があったのか、と。

 

もしかしたら

笑い話になるかもしれない。

むしろそう願いたいものです。

 

 

 

 

この日の出来事は幻ではなく、

まぎれもなく現実で

写真という記録で残りました。

もっとも大切なのが

この子たちのご両親の記憶の中でずっと残っていくという事です。

 

 

 

幻はこの瞬間で

この瞬間は一生。

とでもいいましょうか

 

そう思える1枚が撮れた時、写真がもっと好きになります。

 

 

 

 

 

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