Staff BlogAoyama

Reiri Kuroki
青山店

黒木玲理

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こんにちは。

黒木玲理です。

ライフスタジオ11年目、2022年現在はライフスタジオ青山店に在籍しています!

【あなたのための、あなたの写真】を自分の中のテーマに置いて、撮影をさせていただいてます。
blogでは、そういう想いを込めたメッセージや写真の分析をUpしています。

お気軽にのぞいてみてくださいね。

写真分析 / irodori,

投稿日:2022/2/23

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Photo&Write by Reiri

Coordi by Gomei

 

@AOYAMA

 

 

最初のイメージは、もう少し違っていた。

でも、結果的にこうなった。

そしてこの結果は、練習と実践と、ほんの少しの改善とを重ねて、そして『彼』という被写体がいてくれてこその結果だから、これで良かったのだと思う。

 

 

こういう撮影を、あまりしませんでした。

イメージに基づいた準備でしっかりと作り込むということは、それ以外を許容できなくなってしまうことが多くて、子どもにとっては動きづらくてつまらない時間を持たせてしまうことが心苦しいな、と思っていました。

もちろん毎日の撮影の中でもある程度のイメージやセッティングは準備しますが、子どもは自由に動くものだしその動きに合わせたら良いじゃない、という考え方に基づいて、その範囲内で好きにして良いよ〜という許容範囲を広めに設けています。いつも、私のセッティングは70%くらい。「こんな感じ」というふんわりした設定の中で、ある程度どうなっても許容できる『余白』(画角的な意味だけではなく)を残して撮影していました。

それは、撮影者にとっても被写体にとっても負担が少なく楽でいられる、ひとつの私のスタイルであって、決して悪いものではないと思っています。

しかし、別の側面から見ればそれは被写体任せの受動的な撮影と見ることもできます。子どもからの動き(肉体的なものに限らず、心的な意味も含みます)がなければ、許容範囲として残した余白は余白のままで終わります。積極的なコミュニケーションを経て、関係性を構築しながら被写体を動かしていく、ということは撮影に必須なので、もちろん私もそうしています。そうしていますが、その動かし方は物理的なアクションによる緊張感の緩和という域に留まることも多く、予測と計算のできない偶発性を避けられません。許容範囲として残した余白が、有効に活用されるとも限らないのです。

本当の意味で被写体を動かす、ということは、しっかりと準備されたイメージに最短距離で被写体を導くこと。余白があれば、迷いもします。しかし、しっかりと他のピースがはまっていれば、そこに真っ直ぐ導くだけで良い。正確に。

それ以外が許容できなくなってしまう不自由さより、それ以外がそこに無いくらい正確に作り込んだそのイメージの中で被写体が輝く一瞬に集中してみる。それは、ちょっと新しい刺激でした。

 

この写真が生まれるまでの過程については、幾つかの外的要因により私が『新しい前ボケ』と『色』を意識したところから始まりました。

青山店の物理的な構造の中から、効果的にボケ味を作り出せる距離感のある空間を選出します。イメージはとあるアーティストのMVから(B'zではないです、この結果物から元ネタがわかったらちょっとスゴイ)。

最初は、店舗の中にある条件やものを使いながら五明さんで練習をして、足したら良くなりそうなものを購入し、実際にそれを取り入れながら撮影し、検証し、改善して練習し、そしてこの写真の被写体である男の子に出会いました。

彼はいわゆる『ゲラ』な少年で、話しかければ笑っちゃう。とにかくずっと笑っちゃう。笑っちゃダメだよと言っても笑っちゃう彼との撮影は、とても楽しい時間でした。元気いっぱいの彼なので、いつもの私だったらきっと、「あ〜、なんかその辺で転がってても良いよ〜〜」みたいな感じでシャッターを切って、全開の笑顔のクローズアップで撮影を終えていたでしょう。それはきっと、楽しい撮影だったでしょう。

しかし、今回は最後に少しだけ、準備したこのイメージへの誘導を試みました。理由としては、親御さんからの「カッコいい感じの写真をせめて3枚くらい撮って欲しい」という彼の性格をよくよくご存知であるからこそのリクエストがあったこと。そして、彼との楽しい撮影を敢えてギャップのあるイメージで締め括ってみたい、と私が思ったということ。

イメージを共有していたコーディネーターの五明さんは、「やってみたい」という私に全面協力してくれて、彼の横顔の角度維持と表情を引き出すことを一手に引き受けてくれました。重なる光の色味とボケ感は練習通りに、少し色の組み合わせを変えて調整しながら、ピースがはまる瞬間を迎えました。

 

 

最初のイメージは、もう少し違っていた。

練習して改善して、今この時、彼の写真を撮る為に、私は準備をしていたのだと思いました。

それは、イメージを作り込みすぎてハマらない不自由に喘ぐ写真じゃなくて、作り込んだイメージにマッチする彼の側面を引き出した写真として。

外的要因は、いつも私の固定観念を揺るがしてくれます。

前ボケも、色も、まだまだ挑戦し甲斐がありそうです。

 

 

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